またくだらない話で流すけれど2(プラズマとケネディーと電気うなぎが教える精神科)

物質世界から人間の視細胞への経路において、2μmの細胞一個一個がすでに光子のスリット実験のような事態だと推理している。

 

ここからは、神経細胞を伝わる電気信号として、脳内の思考世界になる。

 

これは現実との遅れが0.5秒あるとさえ言われる世界だ。

 

ここに、神経遮断薬を投与すると、実体験としては、さらに心と身体に遅れが出る。

 

発話機能が自我意識を追従できなくなって遅れが出てしまい、呂律が回らず、嚥下が滞ってゴブリと喉を鳴らしたり、死の床の老人のようになる。運動機能が鈍くなってたびたび転ぶものだ。およそ、自発的行動など考えたくも無いほど臆病になり、下手をすると脳内引き篭もりになる。

 

思考の循環は止まり、目の前のことしか対処できなくなる。インスピレーションの光は消え、創造力は枯渇する。これは私の場合。

 

(もともと、インスピレーションが沸いた頃は、絵画のセオリーをまったく習っておらず、教室にいただけで、作品は出来ずに女を口説くことに使い果たしてしまったが。)

 

もし、幻聴が、微細な神経活動のバロメータ、あるいは、何らかの神経活動の指標として機能し、例えば、並列処理の状況や処理系のデータ幅(つまり循環)などを意味していれば、ターゲットにわざと野次や幻聴に相当する音声送信をかけ続けることによって(神経疲労により、この副作用の強い投薬をターゲットに了承させる意味で)、これが聴こえなくなるまで神経遮断薬を投与すると言う限りにおいては、この精神科の神経遮断薬こそが量子効果を殺すものだ。それは様々な意味で神経連絡の交通整理、能力制限の為であろう。

 

電気うなぎの発電機構が、あっという間に全身に電気を送る仕組みは謎に包まれていると40年近く昔の本には書いてある。

 

つまり、心と身体に遅れが出る神経遮断薬は、この電気うなぎで言えば、全身に電気が一瞬で伝わらなくなりかかっている状態でしょう。電子一個でも波としての効果があるそうだ。そして波としての電子の効果こそは、量子効果であり、ある意味で同時存在的なのだ。これが神経のどこで起こるかは諸説あれど、ともかくも、この効果を縮減するのが精神科の薬だと言えるだろう。

 

光子の粒子性は、ともすれば、以下を見ると、

光子一個とは? - 光子一個の大きさはどれくらいですか?よく量子力... - Yahoo!知恵袋

 

最小単位のプラズマなのではないだろうかとさえ勝手に邪推する。

 

かのケネディー大統領を撃った奇跡の弾丸は、もしかすると、車体の周辺で電磁波が集光し、プラズマが発生していたのだ。もしかするとプラズマ弾そのものだったかもしれないとさえ思う。勝手な私の妄想だけど。だって、ほんの一瞬なら、雷に打たれても生存している人はいるでしょう。ほんの一瞬なら、莫大なエネルギー量のプラズマが近辺で一瞬だけ起こっても生存して居れないか、計算して見なくちゃならないだろうか?

 

それは通常の時間分解能の世界ではないはずだろうけどね。

 

こうなると、神経世界内でのイオンや電子の波の性質と、物質世界での素粒子としての光子の波の性質は、まったく伝達速度が異なるのだろうか?

 

両者にまたがって素粒子は存在してもいるだろうけれど。

 

これはベルクソンの言う認識のモデルに近い。

 

医療・福祉系の人間が、精神分析は因果論なのでくだらない、と唾棄する時、それは脳内の言語処理系にすべてを因果的に詰め込んでしまうことへの放棄である。

 

すべての科学は因果論的説明の追及であり、人間中心主義であり、人間賛歌であるから、天井の超人の絵と同じで、人類の憧れみたいなものだ。

 

一人の人間の自我意識内における人間関係の責任追及に関わりたくないのかも知れないが、キリスト教系大学でそんななら、まぁ、宗教教育は大崩壊必死。

 

強力な自己矛盾。

 

もう、人類最高峰レベルの知性だね(笑)。