この状況においても共産主義は悪

前回の末尾に書いてある通り、自我意識と言語芸術の深い関係から精神医療の欺瞞性を説こうとしたが、まだ資料も読んでいないので、思いついたネタで。

 

私が海外旅行して他の日本人に教えてもらったことで大切な情報。

 

それは、大体において欧州では、生まれたら最初に洗礼される、と言うこと。

 

特に確かめていないが、そうだろうな、と思う。これは本当に後になればなる程、感謝するならこう言うことだったかもしれないな、と思うようになったことだ。

 

言語習得の臨界期が、自我形成の重要な期間と、体験的に思しき状況なので、この時期に宗教教育がなければ、これは後で、自分から宗教を選ぶことになってしまう。

 

こうなると、どう転んでも、宗教を選択すること自体が利己主義になってしまう。

 

合理的判断の産物で、打算でしか無いのだ。

 

西洋科学技術文明において消費文化を享受して育つ私たちは、その圧倒的な素晴らしさを知っているがゆえに、宗教を後で選ぶのは、非常に政治的な判断になる。

 

これが無くて、後で自分で選ばせると言うのでは、社会主義思想的な方向付けにしかならない。

 

世界中、どこでも住めて、どこにでも適応できる身体か技術を持ち、何ならアイデンティティーカードで、移動した先の国で、生涯に働いた分に応じた社会保障を受けられる様な、人工知能に支配された世界でも構想しているのだろうかね?

 

現状はそう言う集団は存在していないのじゃないかなぁ?

 

どんな地域でも、固有の偏差があって、それが積年したノウハウと言うものがあるので、それを尊重するのなら、多少は最初の教育が大切だ。

 

そうじゃないと何の為に頑張るのか分からない。

 

働くのが目的と言うのはロボットと同じで、現状、抽象的な世界政府など存在しない以上は、誰が仲間か教えないとならない。そうでないと、私みたいに遺伝子検査が手軽に出来る時代まで悶々としてしまうだけ。

 

あらゆる価値は差異にこそあると言うのでは、エネルギーの勾配が発生してなんぼと言う意味になるので、戦争とまでは行かずとも、争って何ぼにしかならない相談だ。

 

これは宗教教育が最初に必要で、そんなもの無い状態で育てて、石川九揚の著作みたいに全部まとめて漢字が宗教と言うのでは、むしろかえって負け犬じゃないかとさえ思いたくなることがある(笑)。アーティストじゃないのでずばり言うけど。

 

そう言う時代が来る方に掛けるなら、それはそれで日本文化は残らない方向性だと思うのだけどね。

 

沖縄唐手のあの武器製造能力は、オランダ人を見ればこそでしょう。違うかも知れないが、私はそう思う。勝手なオランダ人ハイブリッドや人類レベルでマイナーな野人のハイブリッドは、ロシア人風に狙われる社会なのかも知れないんだよね(笑)。私としては、常識を学んでも、すぐアメリカ人の思想に接近できないのは、それでだね。そう思うことにした。しかし、赤化を拒むくらいだからどっちも別に近寄っていないんだが。

 

大人になればなる程、色々、周りの奴らが隠していたスポーツのメソッドをyoutubeで見て、別に中国拳法から学ぶより、黒人のダンサーを見ている奴が多かった理由など、この年齢で分かってきて、皆、仲間じゃないよ、と強く思い始めた。

 

それで罵り出していたんだけどね。