近辺のキリスト教徒?が静かになったと思ったらまた誰かが何か言ってる件

神などと言う存在。空の上に誰かいるなどと、もはや信仰としては歴史時代の産物なのかも知れないが、十字架をシンプルに更新しても、抽象神になったわけでないのなら、もしかすると白昼夢を子供に植え付けていないのかなぁ?

 

まぁ、それがいい神経性難病のスクリーニング・テストになったり嘘や冗談にこだわらない心の広い人を育てるのかも知れないし。

 

異人種の子供を育てるに際して、特定デザインの人種の価値観でがんじがらめにしない効果はあるのかも。本当の民族的な母集団は、(飛行機乗るから)雲の上みたいなもんだし、とか思っていられるのか?

 

しかし、そんな話で育てて科学お手上げにならないのか?あるいは、特定の学説に拘泥されない人間を育てるのか?そのレシピは、我々側には無い。それが問題だ。エスニック側に無い。たぶん、想像するに、理屈じゃない!とか怒鳴り散らすオヤジを育てるのじゃないかなぁ?それかエデンの園の更新版をずっと思い描いて生きて行くことに。あるいは、まぁ、良く言えば、頭の引き出しを増やす訓練でもしているのかね?

 

右脳が母音と言うのも、音楽的でオブジェクト指向なのかもしれないが、他人の嘘の声がすぐ判別できないってことは無いのか?この著名人の声は嘘っぽくない?とか、この芸能人の声は良いのかなぁ?とか、このニュースキャスターの声は好きだけど、営業トークなんだよね。良く聴こえても。とか。

 

しかし、背中が猫背気味のアジアのネアンデルタール人だから、発生位置が少し異なっている為、音楽的に説明したら腹から声が出ているクロマニヨン人的な体型の人の発声がすべて嘘に聴こえているんじゃないのか?とか、結局、こっちの欠点かも知れないし、よく分からない。

 

だったら、俺がホーミーの練習をするのをいい加減にしろ、と思っている奴は、皆、本当は外国人の声などが、嘘つき、くらいに感じている可能性があるのだろうかね?

 

もし、そうなら、どいつもこいつも呆れる見栄っ張りなんだが。でも、昔、外国の都市を見た感想としては、そんなのそんなに変わらないんだが。そんなのはたぶん、昔で言えば嘘発見器レベルでの音声の振るえとかが問題で、今更なんだが。

 

情緒的なものにこだわり過ぎたら、そりゃぁ、かんしゃく起してすぐ発狂したり、金切り声をあげる人になってしまうものなぁ。まぁ、それが科学的でない人の特徴かも知れないし。そうかと言って、情緒にとらわれないのは、社会参加しない人の傾向かも知れないし。盗聴する集団の立場かもしれない。世界の入れ子構造の(笑)。

 

もしかして現人神とかイロイト全権盗聴大使ですかねぇ(笑)。だったら、マッカーサーはその鏡返しだったのか?

 

何でも良いけど宗教を嫌う権利は無いのかよ。

 

まぁ、教会の建物からして芸術的な遺産として、お祈りの仕方なども身体動作の様式として、全部、セットで、ある種、お茶汲みの笑顔的にも、かなり洗練されていて、敵と衝突した時には、かなりその身体言語的、造型言語的な、また、文化的な体験記憶の面でも、ある種の文化人並みな差別意識を育みそうな位に、ゴージャスだけど。

 

どうでもよし蔵。

 

でも、一回でも言ったら終わりの嘘ってものあるよ。橋の下で拾った子供的な。だとしたら、これは現代では明かに戦略的なものだ。各国に展開するに際しての抽象度として最適な難易度とか、そう言う意味合いもあるのだろうかね?

 

そこから得られる様々な文化指標が経済活動のために吸い上げられていて、それと同じく機械的に、反目する人をロボット的に排除する機構の開発に勤しんでおり、業務を非人格的に、非情緒的に、なるべくこなさないと、今後のグローバル展開の雲行きに関るのだろうか?特にマンモス国家のアジア人を睨んで。そのとばっちりじゃないのかなぁ?このあべこべの宗教不寛容は。