日本人はアクロバット・ライター!

日経新聞に掲載された木島櫻谷の狐のパノラマについてまだ考えています。

 

これ絵の前に木彫の狐をさらに置いたらどうですか?

 

手前は春になった設定で、子狐の木彫がコロコロしていて、小さな竹の子が芽吹いて、アフロディテとか女神を象徴する具象彫刻か、賢い雌狐の木彫もさらにどーんと右手の月とかのはるか前に(爆笑)。

 

と、冗談みたいなことを考えていたら、床の間ってなにかなぁ?と分からなくなりました。

 

掛け軸と、香炉とか生け花を飾るんですね。また、盆栽のこともあると。しかし、そのオブジェとしての構成は、やはり仏壇の飾り方の影響も強いんでしょうねぇ。

 

それで、段々、気がついたのだけど、日本人ってのは、八百万の神々を認める感性なので、木々やその他、あらゆる気配に霊魂を感じてしまう傾向があって、それで、木島櫻谷のこの狐の絵は、あちこちに主題(霊魂)が分散しているようにも感じてしまい、日本画の分からない私は勝手に舞台芸術国立科学博物館の展示パネルかと勘違いしてしまうんでしょうかね?

 

そこにワビサビとか、あるのか、ないのか?

(おい、説明しろや!的な。絵描きに向かねぇ?)

 

これは言語認識がかなり事物の象徴的解釈に関係している証拠で、それを再認識したなぁ。しかし、象徴と言うシュールな文学的世界が嫌いな抽象性を好む美大生は多いんじゃないの。特に滴れたりぶっかけられそうなオールオーバーとか言う米系の現代美術を目指す人は。ドット疲れが出る平面性ですね(爆笑)。

 

ネットを探索していたら、以下についての紹介ブログを偶然見てしまい、勝手に書いてよいものか悩むが適当に進めると、

 

都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど

 

資生堂ギャラリー中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階)
「第2回 shiseido art egg 窪田美樹 DESHADOWED - かげとり」

1/11-2/3

 

このブログの写真の作品がコーナーに設置されているのだということについて、思案中なのだけど。

 

先ず第一に、絵画には、左が始まりで右が終わりというような、書字の方向にストーリーを重ねる西欧の古典的心理学的解釈があると言うこと。ところが、ひとたび、目を縦に移すと、日本語の縦書きになれ親しんでいる人には、右から左へ視線が飛ぶモードが反射的に働くのではないだろうか、と言うこと。

 

つまり、縦長のものを見ると、日本文化に慣れ親しんでいる人は、視線が横書きモードと縦書きモードの両方に分断される、と言う傾向が存在する可能性がある、と考え得る。

 

また、西欧の場合、縦長は、横書きのパラグラフの並びが縦行風に連なったもの、でもある。人物用キャンバスなど、縦長なのだから、不都合はないはずだが、問題は、日本人の場合、構成の感覚はどうなるのか、と言うことである。

 

日本人の縦長の場合、意外にも下から左回りを多用するのじゃないかと踏んでいるのだが、もしそうであるなら、このオブジェ風の作品が、どうしてコーナーに設置されたか、おぼろげながら見えてくるのである。つまり、両方に視線が分断されるのに対応して観音開きなのであろうかと言うこと。実際はまだ分かりません。働かない私はお金があんまり無いので視線を追跡するセンサーを購入していません(笑)。

 

 

まぁ、やっぱり、ほら。

 

言語認識がかなり影響するんだねぇ。

 

これも両義性の王国ならではの問題ですな。毎度、ガラパゴス事情でございます。漢字奴隷と言うか(泣)。

 

(まぁ、絵なんてもう興味は無いのだけどさぁ。絵テロ・セクシャルだけに。)

 

 

※言葉の区切りと絵の中の形の区切りが重なると、象徴的過ぎるのでしょうね。シルエット的でポツリポツリと存在する木だとか。だから、まったく異種のものが、陰や影などを通して一体化して、いわく言い難き形象の内に、平面上では半ば透過層的にか、事態を共有し、その様な拡がりとして、つまり物質と空間とが不可分な、具象的あるいは言語的な因果律の崩れた異次元を創出したいわけだ。画家などは。また、時間の流れとしても、描きどころ見せどころの推移だとか、その他にも何かあって、ドローイング的な流れがあるとしても、それが空間作りにまったく関与しないのなら、単なる図案だし、それはそれで図案的でも凄いのはあると思うけど、色面(しきめん)と言うものを知った現代人と知らない近代人では、相当に方法論が違うのかな?私は別にそう言う方面に明るいわけでもなく、人物デッサンのバルールの説明などから推察して勝手に解釈して遊んで見ている程度の日曜なんとかに過ぎないですが。まぁ、そう言うのが造形的言語とでも言うのか、言葉にこだわる奴を画家が強力に排除する理由の一つでしょうね。自分も漢字奴隷の癖に!22:25

 

 ※屁テロなつっぱりはイランてことかよゆで卵(古)。

 追記:あぁ、ゆで卵は巨匠なのに失礼でした(笑)。

 

 ※あぁ、義務教育期間のどこかでだったか床の間の飾り物をオブジェと言うなと諭す先生もいたかもしれませんね(笑)。宗教性というのか、何か精神的に意味のある思想的な構成の理由でもあるのかも知れない。哲学的な宗教など日本には、たぶん仏教しか無いでしょうね。それと後々の一神教など。どうもよく分からないけど。バイブルの無い宗教があるとかテレビで聴いたこともあるし(笑)。2017/11/10