人類最終構えと仮面ライダーの狼煙

私も、人生が真昼を越え始めて久しいだろうか。

 

(そろそろ覚悟しないとならない。)

 

もし死ぬかも知れないとなれば、私も、なんちゃって多くの日本武道のように、あるいは、あのチャンプア・ゲッソンリットや骨法レスラーのように右前構えにならないといけない。

 

その前に、必要な説明をさせてもらうと、私は、いくらか絵の本で面白かったものを以前に勝手に紹介させてもらった。その中に、『内なる画家の眼』と言うものがあった。

 

この本の中に、対象のネガ・スペースを見よと言うものがある。私は下手を打って堂々これの先の見方を勝手に紹介しかかってしまったので、問題は承知しても居るのだが、実は、この見方をスポーツに活かせないか検討して見る思考実験をさっき夕方にしていた。

 

すると、これは眼が疲れます。そこで、例えば西田哲学では、主客分離によってやがては主客合一へと導かれるのだから、ネガを見る意味で、主従を逆転させて、客体→主体の順番で、見たい物の逆、見たい物の背景から眺める実験を数分なりともやって見た。

 

これも疲れます。駄目だ。

 

そこで色々試して見たが、ジグザグに視線を動かすと、ターンしてきた時に、一瞬、見通しが良くなる瞬間がある。

 

木の葉型に動かしたり、まぁ、色々あるね。でも、どうしてなのか?

 

ダッギングでも良いが、戻るときに見通しが良い。また、頭を常に水平にしていると、これも見通しが常に良い。

 

何がよいかって?

 

距離感が正確なのだね。これはまたどうしてか?おそらく、両眼視になっているからだろう。こう言う瞬間にのみ。あるいは水平時のみ。また、色々試していると、血だまりも関係する。ボクシングの真似をして頭を振り続けていると、例え頭が水平でなくとも重力のかかった時に、一瞬、頭の片側などを中心に血だまりができる。この時、脳系の処理がすこぶる調子良い所と、悪い所が出る気がする。

 

つまり、左脳上位か、右脳上位かで、思考が明晰になったり、直感力がさえたりする可能性があると言うことだ。私が特に病気などで敏感すぎるからかも知れないけど。

 

また、他にも、右回転後に廻し蹴りをするのと、左回転後に廻し蹴りをするのでは、

どっちが安定しやすいかと言うのも関係すると考えている。私のような素人と違って練習量の多い人は、多分、これが差がないかも知れないので、一般化できない話で大変に申し訳無いが、効き目の側かそうでないかで姿勢に偏りがあると私は思う。

 

もちろん、足の歪みもあるが、効き目の側などや、また、効き目の側と言語野の側が重なっている場合など、もしかしたら、近視眼的な傾向がそちら側にあるかも知れない。これについては確証が無くて、片目ずつ反対側の脳が処理系なので、そうすると、右目は左脳処理だから、もし、右目で見て近視眼的なら、左脳側の処理がのめり込む傾向を持つ場合もあるかも知れない。あるいはその逆が真実かも知れない。知りたければご自分でどうぞ。ただ、右目は右側の血管から血液が供給されるのでしょうかね?

 

で問題は、左で見るか、右で見るか、で一瞬、心理的な距離感に差がある様な錯覚を得ることがないか。と言うこと。

 

また、日本語話者であるなら、左側が主たる言語野なので、こちらを前にするのは、近視眼的でコンビネーション・タイプになりやすいが、右前構えなら、直感的で、冷静な場合があるかも知れない。はたまた事実や理由付けは本当の所はこの逆であるかも知れない。これにはまず利き手の側がどちらかが大きいだろう。それに加えて効き目がもし左側なら、左回し蹴りの回転が非常に安定し易い傾向があるのじゃないかと考えている。これは右脳側が処理が速い為かも知れない。(残念ながらよく分からない。)

 

最初から右前構えと言うのは、ガードレールで女が道を退くときも大概そうなので、格闘技経験者はたいてい馬鹿にするが、しかし、東南アジアのボクサーや、日本語話者なら、最終決戦ともなれば右前にするべきなのが普通?

 

 

まぁ、そんな運動の苦手な私の偏見に満ちた考え方です。まだその理由付けにおいて完成すらしてい無いが、ここに何かありそうだと踏んでいる。

 

それと、話は変わりますが、その昔、あの小泉元首相は、美女の膝枕こそは男の憧れ、と嘘のような冗談を言い放っていたことがあります。新聞紙上でレポータの語りとして。

 

それ、そう言うこと幼少期にされると、例え、数えるくらいのことでも、男児はスポイルされて駄目になりますよ。男は猫っかわいがりしてはいけない。この鉄則が崩れていると、私のような人間になります。これは相対比での問題なので、かならずしも常時、そう言う状態でなく、人生で、数える程度の、5回に満たないのじゃないかという回数でも。

 

何の罪もないたわいの無いことですがね。私の周囲でもたったそれだけのことで駄目になった可能性があると私を見て笑っていた人がいるので。子供の頃ね。さっき思い出したけど。

 

この件では、随分長い間、赤の裏技かと考え込んだりしましたが、やがてその年頃にでもなれば、こう言うことは女性に冗談でする様な人間になってしまいますが(耳かきでもしろや的な:笑)、私はそう言う傾向があるのを、外国旅行時にも見抜かれていたので、マフィア等に知り抜かれている可能性はある。

 

それで、私が通ると、顔を思い切り背けたりするイタリア人みたいな人がいたのでしょうね。イラン人かもしれないが。私も、別にイタリアについてはそんなに興味が無いので、別に気にしないのだけど、あんまりにもあからさまなので、やっぱり、そう言う可能性が高いなぁと。

 

と言うのは、かわいがられたり、かわいい、と言われ続けて育つと、例え不細工でも、愛玩動物のようになろうとする人間になってしまう。

 

これを卒業するのは難しいのですが、成人としては、他人に要求しない限りだいたい問題ない。男がこうなってしまうのは、情けないとは言え、この呪縛は大変なものです。

 

まぁ、西欧人は、その人道主義に反して、ポルノは過激な自己投棄的傾向が強い。まるで一気にテキーラの海に飛び込むかのようだなぁ。

 

女なんかに甘える奴は、酷く悪し様に言われるような気がするね。徴兵だってあるのだし。

 

まぁ、その昔、誰かが言っていた気がするけど、まず、同じ左翼でも、ユダヤ系の左翼と、仏教系の左翼では、まったく異なる、ということが重要だ。

 

両者には、階層格差がもの凄くあるように私は思う。ユダヤ系の極左など、下手をすると、パグワンラジリネーシくらいぶっ飛んでいて、修行の為に乱交を認めたりしそうだ。もし、そんな傾向があるとしたらだが、すべてルーツを捨てさせる為のショック療法のようなものだろう。ユダヤ系の描く理想に近づけるための。

 

ところが、仏教系がルーツの左翼は、これが日本語話者の最後の砦的な雰囲気じゃないかと勝手に思う。もしかしてだが、こうなると、人類少数派の左脳優位で、右前構えのファイターだろう。

 

国際社会の少数派で、中世へ逆戻りかと言うような勢いすら他国の人に与えてしまうかも知れない。だって、私が道々、チャンプアの真似をしようと呟き出すと、だいたい、又吉イエス選挙カーが現れたりと言う偶然が多いので(笑)。もちろん、偶然だと信じたいが。

 

こう言う事情で、沖縄では、もしかしたら捕まるのは仏教系ルーツの人間の極左ばかりじゃないかとさえ思ってしまうな。勝手な妄想だけど。実際違ったらゴメンナサイ。東京はどうも、伝統仏教系の言動は聞こえて来ない気がしてしまうからね。

 

まぁ、そう言う事情で、ずうっとムエタイとか技を真似して練習したいなと気になっていたりするのですが、それをずっと、統一教会か何かに非難され続けているのですよ。集団の野次で。タイともなれば国際都市だから、日本語みたいに左脳が優位の言語か、もう、確証無いけどね。もう一度、あの本、読まなきゃなぁ。

 

そう言う事情で、私は、今の所アンチ空手派なのですね。ずぶの素人で弱いけど(笑)。

 

それで、ここで言う仮面ライダーとは、当時の小泉元首相の言葉少なげな語りが一時期の藤岡弘みたいだったからです(笑)。

 

まぁ、日本語も、国際都市の中で使用される日本語は、変化しているので、少しづつ脳の処理系も変化するかも知れないですね。あんまり深刻には考えていないのだけど。

だってどーしよーもないし、しょうがないじゃん。

 

ただ、今すぐ詩ねと言われたら右前だよなぁ、みたいな程度。

 

( いや、しかし、こう言う国は、これからも常に核で脅されるのかも知れないですね。)