だから俺は漢字だけじゃないのよ、あきらメロン!

どうしてロシア人がいるのだろうかねぇ?

 

似た風な人を見ることがあるけど。

 

その辺りの人は、国際社会との関係上、そんなに親しいのかなぁ?

 

どうも私の記憶の中の韓国支持層は、単なるイメージとしては、青幣的で、かつ客家的ではありませんが、清朝復活の冗談は間違っても言わないね。

 

そいつら等は、予備校などの人と違って、例えば文化祭の絵などのポスターを眺めている私に、鼻息を鳴らしたりするので、芸術に興味を持つと追放の派閥。

 

こいつらはロシア人ではないと思うのだけど、随分、妄想の中のソ連的な何かとも触れ合う男らしさを要求して来る。

 

まぁ、大工とか一般にそうだろうけど、特にそうなのが空手家の派閥で、私は、それでそう言う趣向の人とはまったく無縁に別で自分なりに技を追及し始めた。もちろん、護身術程度に。

 

マフィアとか絡んでくると、カトリックは男も料理をして文化芸術も嗜むと思いきや、格闘技の方面の人は、真逆が普通みたいだ。とにかく、弱くなりそうだから、そんなことするな、の一点張り。

 

私と言えば、例え、相手が大学教授であっても、絵が分からないとなれば、画像分析能力が無い人に、それ程、数学など出来るのかな?とか、色々、思うことがあるので、信用していない。

 

だから、コストパフォーマンスばかり追及した平面的な設計図ばかり書くんじゃないの?と、本気で思っているので、日本人のそう言う手合いは、漢字奴隷クラスの教授と分類することにしている。作家など、表現に溺れてプライバシーを切り売りしたりと情けなさそうだったり、ある種、あくなき趣味の追及が貴族的だが、そうとは言え、芸術がわからな過ぎるのは、絶対に、漢字奴隷!!!

 

同じダイムラーベンツのエンジンでも、マッキになるイタリア人を見て、あまり笑ってもいられない。紙筒巻いたみたいなボディの飛燕だの何だの嫌だ。別に欧州人の真似をしたいのではなく、若い頃の基礎教育が、例えレベルが低かろうと美術なので、そう言うのをすべて捨てる気はまったく無い!

 

芸術を捨てるのは、全体主義の発想なので、私は共産圏の人間じゃないから、そう言う考え方は、大嫌いです。

 

ゼロ戦を作ったメンバーに二十歳代も居たとかなれば、それは数学などのエリートだからかも知れないが、造形芸術に明るい年齢とは言えないし、社会的な力関係度外視で設計のことしか考えないような若者なら、年寄りにまんまとやられてしまうだろうから、私的には、戦争中はいざ知らず、現代なら、過度に信用しない方がいいのでは?と思ってしまう。今の私は近寄らない。

 

私自身は、無鉄砲でも鉄砲玉として育てられたわけでもないので、芸術を馬鹿にする奴は、思考タイプがイメージタイプじゃない可能性があって、漢字のお題目などそれこそ教条的に繰り返し念仏のように唱えるタイプなのだろうか?と思ってしまう。

 

それでも、根性があれば継続性があっていいが、すぐ飽和して飽きるタイプだと、たぶん価値観が狭いので恐ろしい。

 

 

世の中、人間の種類としては、ドーパミン・タイプとセロトニン・タイプがいると私は思う。セロトニン・タイプは、おそらく、人間関係の機微など察してしまう想像力が、結構、最初から働いてしまうタイプ。

 

ドーパミン・タイプは、お前裏切ってるだろう?とか、鼻っからぶん殴るのが早そうな気がする。

 

私の想像の範囲内では、例えば、まったく空想だけど、拉致被害者とか、仕事場でボコラレている人とか、高度な協調タイプに育つと思う。自分の要求の妥協や人生における挫折の繰り返しは、おそらく、その方面の神経発達を促すので。こう言う人はセロトニン・タイプ。

 

こう言う人は確かに芸術とか漫画とか、人により、暇つぶしネタに騙されて前に進まない傾向が少しあるかも知れ無いが、すべての人がそうでもないし、また、同時に芸術と言うものが如何にインチキ臭いかなども分析できる力があれば良いのであって、私は芸術自体を賛美しているつもりは無い。

 

そう言う技術は必要だと言う程度のこと。