ある日のメモ

人はやさしさを失ってはいけないね。

 

愛というのもなぁ。

 

退化すれば両生類的なガマの子作りパーティーだ。例の4 pairs ofのね(セカンドシーズン)。

 

進化しても鳥類ともなれば、これはファルスだよ(笑)。egging an orgy loveだかoriginal love?

 

コミュニケーションは、情緒のレベルだから、これは敵か味方かオスかメスか?が本質

の世界のような気がするなぁ。

 

さてバイモード・トークは誰の差し金か分かりませんが、そこらでやってます。

 

今日はどこかの待合室で、係りの女性の声が、いきなり、”●ナルできるね”、とか発話しているのが聴こえて来ました。廊下を通る時は顔面が強張っていましたが。

 

そしたら地元に帰ってくると、小柄な女性が、”パパもいないし”、とか言っていた気がする。妄想かもしれないので確証は無いです。これはきっと。

 

すると、当然こう思うでしょう。あぁ、数日前にその手の動画を見たのがバレバレで馬鹿にされているのだろうか?と。統合失調症的かな?そう言う思考癖は?などと。

 

さてはてしばらくして、別の角では、子供が、”頭は良くないよ”、と言っていた気がする。私に言いたげでしたか?勘違いなら、こんなところに書いては暴挙だろうか?

 

 

こう言う同期は何なのか?ここに書くと何のリアリティーも無いですが。全てはバラバラで何の脈絡も無いものだ。しかし、自室の寝床で横になっていて、街路から野次が飛ぶ経験は、どことなく思考盗聴を思わせるので、案外、繋がっていてもおかしくは無いのかも?と推理させるのですね。

(一連をつなげて行くとカルト教団が私に話しかけるために信者を使って少しずつ伝言ゲームしているのかな?的に。そもそもは長い孤独が原因ですが。)

 

こうして、弛緩と緊張のテクニックによって、私は誘導され、無為に時間を消耗しているのではないか?と気がつく。誰によってかは分からぬが。

 

部屋について、したいことをするのを躊躇させる為、私が今までの集団ストーカで頭脳の話しをされるのが、例え子供でも頭にくることがあるのは、まぁ、近所の子連れ親子が、●ナルの話をして威嚇して来たことがあるからです。前に書いたけど。4年位前?

 

頭がいいというのはね。子供には分からないだろうが、例えば友達を作る才能は、顔が良くなくちゃ駄目だ。起業する才能なら、多少はお金持ちじゃなくちゃね。そして発明でもしたいのなら、多少は腕力もあった方がオールジャンル独りで行くよ。

 

IQテストなんてもぐら叩きに熱を入れているようなものでしかないね。得意タスクばっかりだ。子供のほうが神経が速いんだから、子供が一番になってしまう。

 

もぐら叩きと静止画の漢字奴隷では太刀打ちできないこともあるよ。

 

頭だけじゃ駄目。頭の話をするのなら、例えば物理学は動く漢字のように概念が交錯し、コンバインする(軍部のエリートの学問なのでほどほどに)。

 

本当は、少しはアートをたしなむべきだ。だって、全ての世界は、物を造る時だって、パーチクルのコンバインか、リキッドの容積化、しかないものだ。

 

子供なら、週に一度は2時間半、紙工作でもしないと。

 

 ここいらの虐めは、時間が短絡している。

 

何か粋がった事をしようとすれば、”顔が悪い”。

 

熱心に西洋文化を追いかけていれば、開口一番、”チソコ小さい”。

 

そんなに、顔が良いか悪いか、頭がいいか悪いか、等々と2値化するもんじゃない!!!

 

2値化して来ると、次第に、反対いびりの渦につかまってしまうからね。

 

優しい心を失って、激しい憎しみが情欲であがなわれる時、愛は殺し合いそのものだ。

 

愛の本質は、時に殺し合いだ。

 

他人をいたわる優しい心と、憎しみの無い平静な心がなければね。

 

そして人を安易に抱きしめない自制心が最も大切で、すぐスキンシップをするのは親以外駄目だろうね。親でもしない人はしないものだ。これは心のバウンダリーが簡単に壊れてしまうよ。今していることは、やがて誰かにもすることだ。

 

軍隊のように、コミュニケーションの多くが野次や耐久テストに聴こえて、褒賞を与える時しか褒めてくれないところもあるよ。