漢字奴隷からの脱却を目指して

 

まぁ、以下の様なの読んでいると、中国人は、漢字を書いていても我々とは少し違うね。

モンゴロイド(黄色人種)の馬鹿すぎる誇大妄想について - Yahoo!知恵袋

 

毎度、喚いていますが、一応ここにも書けば、下顎を前後させて発音する様な、ドイツ語のウムラウト的な発音。そして響きがコーカソイドとの中間的なアールっぽい発音。主語+動詞の順番の文法体系。

 

大陸的で乾燥した空気が強い色彩を好ませるだとか・・・赤へのこだわり。酒好き。油物好き。中国拳法の踵から入る運足。足の長さ。なんか胸張って歌っちゃう感。

 

言い出せば、全部、こっちと違うタイプ。今はそんな人、こっちでも増加したが。

 

 

そして韓国人も、手塚治の漫画的な、脹脛が棒みたいな足の人、結構居るみたいだね。頭が小さめで長身の。驚くべきことには、ハングル文字は、子音と母音を合体させて書く記述体系になっている!

 

アルファベットも同じく、子音+母音の組み合わせで、音素を分析する記述体系だ。日本列島の周りの大陸系アジア人は、すべて、音楽民族、に照準が合っているのだろうかね?

 

 

のんびりPCのセカンドシーズンに相当する前回で話題にしていた、漢字奴隷、と言う概念に相当するのは、今や、純粋な形では、日本人しかいないのでは?とも思えてしまう。

 

我々こそは、イメージ中心で物を考えている民族なのではないだろうか?

 

 

漢字と言うのは、その記法において、垂直水平の直線の構成が主であるから、これは、機関砲の照準器で言えば、開き角や首振り角を規定する線でもある。このことからも、”間の概念”こそがその骨頂とも言える上に、これは視覚的な映像や画面の分析をする風な記述体系だ。ノートにメモを書きつけている内はあんまり関係ないが、書道として大きな画面に書く時は、相当に美術的な配慮が要る。

 

昨今、我々は核兵器に脅かされているが、実質は、私の勝手な感慨では、音楽民族支配の貫徹の為に、華僑などの中国人と韓国人のタッグチームに翻弄され、漢字奴隷化された日本の下層民の困惑しかないのである。ロシアなりカトリックなり、認めないと殺すだの分からないねぇだの、ちょっと前の私の周りなど、卑怯な絶え間ない集団の野次や音声送信があるだけで、そこには何の人間らしい理もなかったものだ。

 

ミシガンモデルで言う、政治体制はブラックボックスで、ともかくも入力と出力において、国民の要請が反映される政治的施策が行われてさえいれば良い的な解釈では、独裁だろうと民主主義であろうと、植民地化されて白人の支配下にあれば、一先ずテロリストの制圧しか問題でない、と言う感じなのだろうかね?

 

 と、そんな風にまくし立てていたのですが、ふと我に返ると、世宗大王によるハングル文字誕生の時代には、どれくらい白人との交流が当時の韓国において存在していたのか勉強不足な私にはまったくわかりません。日本では室町時代だそうですよ。でも外国人を起用した学問研究所はある旨書いてありますね。

世宗 (朝鮮王) - Wikipedia

 

 当時はいざ知らず、このコンクリート文明では、誰が強いかが大問題です。